激情の終着点・3


 ようやくたどり着いたオークニスという町はとても変わった形をしたところだった。寒さを防ぐためだろう、町は地下へ縦横無尽に伸びており、気を抜くとすぐにでも迷ってしまう。旅人に必要な設備は地面の上へ並べてあったので、地下へ行く機会が少なかったことが救いであろう。
 とりあえず宿を取り、メディから託されたものを手渡しにグラッドという薬師を探した。どうやらこの町で彼はかなり有名であるらしく、誰に聞いても「ああ、グラッドさんね」と顔を綻ばせる。しかし彼が住むという部屋に彼の姿はなく、どうやらここより更に北にある薬草園へ行ったまま戻ってきていないらしいことを知った。

「探しに行かないっていう選択肢は?」
「あるわけないな」

 ククールの問いにエイトが即答する。もちろんククールだって本気でそう尋ねたわけではない。一宿一飯どころではなく、命の恩人であるメディの頼みを無碍にするわけにはいかない。
 だからといって、よく知らない場所へ備えもなく赴くなど馬鹿のすることである。できるだけ早く行きたいのは山々だが、やはりまだ慣れない雪道、今日は大事をとって町で一泊することにした。メディの家を昼近くに出発したため、町へたどり着いたのは夕方にはほど遠い時間。必然メンバは暇を持て余すことになる。
 ヤンガスは酒場で酒を飲むと言っていた。ゼシカは中庭で子供たちと遊んでいるようだ。エイトは町の形態が甚く気に入ったようでもう少し探検する、と言って聞かない。ククールもこの町の発展の仕方には興味があったので、エイトの探検に付き合うことにした。

「地面の下って暖かいのかな」
「まあ、風がない分上よりは暖かいだろうよ」

 何処を向いても同じような壁ばかり続く地下に軽く眩暈を覚えながら進む。エイトは気楽に足を進めているが、ククールの方はそうは行かなかった。どこでどう曲がったのか記憶しておかないと、戻るときに困るのだ。

「でも何でこんなにまでしてここに住もうとしたのかな」
「さぁな。他へ行く力もなかったのか、あるいは他の土地から逃げてきたとか、理由はいろいろあるんじゃね?」

 社会学、とでもいうのだろうか。どの町にもそこに町がある限り、起源というものがある。町に伝わっていることもあれば、誰かが調べて書物にしていることもある。それらが全て正しいとはいえないが、そういうものを聞いたり読んだりするのも中々面白いものである。仇を追いかける旅に出て多くの村や町に立ち寄るようになった後、そういった知識を得ることがククールの恰好の暇つぶしとなっていた。
 教会にでも行けばそれらしい話が聞けるだろうか。なければ町長のところにでも行ってみようか。そんなことを考えているうちに地下に飽きたらしいエイトが、上へ戻ると言い始めた。戻りたいから案内しろ、という意味でもあると思う。

 戻ったついでにもう一周地上部分を歩いておくか、と道具屋、武器防具屋を冷やかして、教会へとたどり着いたところでふと、ククールは壁際においてあった本棚へと近寄った。先程エイトと話していたこの町の起源に関する書物でもないか、と思ったのだ。
 ざっと見るもそれらしい書物はない。なんとなく目を引いたタイトルのものを抜き出してぱらぱらとめくり、またすぐに棚へと戻す。それを繰り返したところで、つん、とマントが小さく引かれた。右脇を見ると、エイトがククールのマントを握ったままある方向を見やっている。つられてそちらへ顔を向けると、そこには一人の青年が何やら熱に浮かされたような、そんな表情を浮かべていた。
 ついでにその青年の視線を追うと、そこには教会のシスターの姿。なるほど、とククールは小さく肩をすくめた。

「どうかした?」

 しかし、どうしてエイトがククールの注意を引いたのかが分からない。手にしていた分厚い書物を棚へ戻してから尋ねると、エイトは小さく「何か、顔がおかしいから」と言った。一瞬それが自分に向けられたものなのかと思ったが、すぐにあの青年に対する感想であることに気づく。

「ああ、あれは恋する顔だ。別に害のあるもんじゃねえよ」
「恋?」
「そ。あの男はシスターが好きなんだろうさ」

 言いつつ青年の背後へ近寄ると、彼は神に祈るようにシスターへの愛の言葉を呟いていた。……これはまずいかもしれない。ククールは思う。こういう内気なタイプの青年はこうして己の想いを溜め込み、そのうち爆発したりするのだ。そうなれば一番被害をこうむるのは他の誰でもない、あのシスターだろう。
 仕方ねえな、と小さく溜息をついて、ククールは青年が自分たちに気づいていないことを確認すると、多少厳かな声音で彼の背を押しておいた。

「ならばコクるがよい。ダメでもともと。当たって砕けろ。神は行動する者に祝福を与えよう」

 呆れたような顔をしているエイトへ小さく舌を出して、何やら一人で盛り上がっている青年をその場にそっと教会から離れる。

「無責任に」

 と小さくエイトが呟いたがククールは「ま、他人事だし」と笑った。
 ちらり、と中庭を覗くとゼシカが村の子供たちと何やら楽しそうに会話をしているところで、風邪を引かないように、と注意だけ促し、二人は酒場へと向かう。予想通りそこではヤンガスが町の男と意気投合したらしく、大声で笑いながら酒を飲んでいた。

「兄貴もどうでげすか?」

 ヤンガスにそう誘われるも、エイトは苦笑してそれを断る。エイト自身酒は嫌いではないのだろうが、進んで飲むほどではないみたいだ。ククールの方もこういう「居酒屋」といった酒場は苦手で、どちらかというと落ち着いたバーのようなところの方が好きだった。それに、と辺りを見回す。
 好みの女がいない。これは重要だ。
 ククールの視線をすぐに理解したエイトは、カウンタの隅に座っている女性へ目を向ける。彼女は? と問いたいのだろう。

「や、可愛いけど、あれは無理」

 そっと近づいて彼女の呟きを聞いてみろよ、とエイトの背を押す。マスタ相手に何やら愚痴を言っているらしい彼女のことを、ククールは酒場に入ったときから視界へ収めていた。しかし今現在の彼女の状態を見るに、とてもナンパをしていい雰囲気ではない。
 戻ってきたエイトは何やら複雑な顔をして、首を傾げていた。

「彼氏が浮気した、って愚痴ってた」

 そうなのだ、どうやら彼女は彼氏の浮気の愚痴をここへ零しにきたらしいのである。何やらまだ腑に落ちないような顔をしているエイトを追い立てて、そのまま酒場を後にする。

「傷心の女性を慰める、って良くある手じゃないの?」

 どうやら彼は、先ほどの酒場の女性をククールがナンパしなかったことに悩んでいたようだ。夕飯までは部屋で寛いでいよう、と宿屋地下の個室へ戻ってくるなり、エイトはそう言う。その言葉に苦笑を浮かべて「確かに」とククールは頷いた。

「でもあの子、相当嫉妬深いみたいだったから。そういう子には手を出さない方が良いんだよ」

 ぶつぶつと零される彼氏の愚痴は聞いてて空恐ろしくなるほどだった。ある程度の嫉妬ならば可愛らしい、で済ますことが出来るがものには限度がある。そう言うククールに、エイトはやはりどこか理解していないような、そんな顔をしていた。どうかしたか、と目だけで問うと、「いや」と一度口ごもったあとエイトはおずおずと言葉を発する。

「前から『嫉妬』ってのが俺にはよく分からなかったんだよ。何で嫉妬するんだ?」
「何でって……そりゃ、好きな相手が自分以外と仲良くしてたらむかつくだろ」

 『普通は』という言葉を続けそうになり、慌てて言葉を呑み込む。
 エイトは自分の感情や本能的欲求に無自覚的であり、また人の感情をよく理解できていない節がある。そうでなければ「俺は今寂しいの?」などと、真顔で問わないだろう。だからそういう意味では彼は決して『普通』ではない。しかし彼自身自分を普通じゃない、と思い込むのは良くない。そう思えば思うほど彼は、彼が欲する普通から遠ざかっていくのだ。

「むかつく、かなぁ……」

 首を傾げるエイトに、「たとえばさ」と具体例を口にする。

「お前の好きな相手、姫でもゼシカでも、それ以外の女でも、別に男でも良いけど、お前を好きだって言ってくれる相手が、突然別の人間のことが好きになったからバイバイ、って言ったらむかつくだろ?」

 ククールの言葉にエイトはうーん、と唸り声を上げてしばらく考えたのち、「別に」とさらりと言った。

「うんだって、それってそもそも前提がありえない」
「前提?」
「そう、俺は誰かに好きだって言ってもらえることはないよ」

 今現在、という意味だろうか、と思い、「これからそういう奴と出会うかもしれないだろ」と言うと、エイトはやはり小さく首を振る。

「いや、だからありえないんだよ。だって、『好き』っていうのは家族とか恋人とか、そういう間柄だろ?」

 単純な自己卑下、には思えなかった。言葉だけ聞けば自分に自信のない、単なる戯言。しかし目の前にいるエイトの表情を見る限り、そうではない。
 違う、とククールは強く思う。それを口に出してはこの間の二の舞なので言いはしないが、それでも違う、と思った。
 違うのだ、エイトは。何かが根本的に。

「そういうの、俺には関係ないもん」

 こうもあっさり、当たり前のことのように、世界と自分との関係を断ち切れてしまうのは、何かが違うのだ。




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2006.09.05