キミの笑顔 ― color ― 3 ようやくパーティに戻ってきたゼシカから、意識を杖に乗っ取られていた間のことを詳しく聞き、次なる目標ができた。 「つか、何でもいいんだな、あの杖。俺なら犬は嫌だ」 「四足歩行は避けたいよな、できれば。もし牛とかが咥えたらどうするつもりだったんだろう」 どうやらあの杖には暗黒神などという、大層な名を持つ存在が封じられているらしい。己の肉体を解放するために杖を持つものを操って、賢者の末裔を殺害して回っているとか。 「牛? 暴れ牛とかだったらそれはそれでかっこよくね?」 「いや、肉牛じゃなくて乳牛。ホルスタイン」 杖を咥えて凶暴化した白黒模様の牛を想像し、ぶはっとエイトが吹き出した。 「それは見てみたい! 攻撃するときは牛乳を噴出すぞ、そいつ!」 ばしばしと、食堂のテーブルを叩きながら笑うエイトと、悪乗りして次々と杖を拾いそうな動物をあげていくククールへ視線を向け、ゼシカは小さくため息をつく。 「私たち今、物凄く深刻な話をしてた気がするんだけど」 「仕方ねぇでがすよ。兄貴たちでげすから」 ゼシカの姉ちゃんがいない間も大体こんな感じでがした、と言うヤンガスへ、ゼシカは引きつった笑みを浮かべながら「想像できるわ」と返した。 次の目的地はここより更に北にある大地。杖を咥えた黒犬がそちらへ向かっていったからだ。 「かなり雪が降ってるらしいな。防寒着とか買っといたほうがよくないか?」 「心頭滅却すればって絶対嘘だよな」 杖を咥えたヒトコブラクダの間抜けさと、杖を咥えたダチョウの凶暴性についてひとしきり盛り上がった後、珍しくククールが建設的な意見を口にした。しかし残念ながらそれに続いたリーダの言葉のせいでまた大きく話がずれていく。 「当たり前だろ。本当に火が涼しくなったら病院行った方がいい」 「だよなぁ。根性あっても痛いもんは痛いし熱いもんは熱い」 きっぱりとそう言いきる二人へ、ゼシカがため息を飲み込んで口を開く。 「どうせあんたたちに根性なんてないんだから、そんな話しても無駄よ」 そんなことより、と彼女はずれていた会話を強制的に元へ戻した。 「これから必要そうなものを買出しに行かなくちゃ。みんなのコートと靴でしょ、ミーティア姫は大丈夫かしら」 「馬の姿のときはある程度は耐えられるって、前に仰ってたよ」 エイトの答えにそれなら、とゼシカは考える。 「せめて雪からだけでも体を守れるように、大きな布を買っておきましょうか」 彼女の言葉に反論する人間はいない。それぞれが頷き、ようやく持ってこられた食事を取りながら買出しの役割を決める。 「やっぱゼシカがいると話が早くていいなー」 笑いながら言ったエイトに、ゼシカは「あんたたちが馬鹿なことばっかり言いすぎるのよ」と呆れたように、それでもどこか優しげな笑みを浮かべる。 結局ドルマゲスを倒しただけで呪いを解くことはできなかったが、その呪いの根本的な原因も分かり、ゼシカも無事に戻ってきた。少し前に比べればエイトの心配事は格段に減っている。だからこそこうして笑っていられるのだろう。 本当に、とエイトは思う。 ククールには感謝してもしたりない。どうすればその感謝の思いが伝えられるのか、エイトには分からない。ありがとうという言葉を何度言えばいいのだろうか。 でも抱いてくれてありがとう、ってのも変だよな。 彼自身が言っていたように、おそらく男を抱いたことが過去にもあったのだろう。だからこそその経験のなかったエイトを相手にしても、できるだけ負担がないようにしてくれた。普段の言動を見ている限り、完全なバイというわけでもなさそうだ。基本は女性の方が好きだけれど、男も抱ける、という程度。そんな彼がわざわざエイトと体を繋げてくれたのは、彼の優しさ故だとエイトは思う。 確かにセックスという行為は性欲を満たすものである。だかそれだけではないということを、エイトは身を以って知った。体を繋げるという行為は心をも繋げる。それはもちろん相手にもよるのだろうが、エイトに限っていえば抱かれることでぽっかりと穴が開いていた心が何かに満たされたような気がしたのだ。たとえそれが仮初のものであっても、時間がたてば消えてしまうものであっても、その瞬間は全身で充足感を覚えていた。 ククールにとっては違うのだろう、とエイトは思う。彼はもともと多くの女性と関係を持っていたのだ。エイトとの行為ももちろん慰める、という目的はあっただろうが、結果だけを見れば欲を満たすというだけのものに過ぎない。それならば男であるエイトよりも女性を探した方がいいだろうに、こうしてエイトの相手をしてくれているのはククールが優しい人間だから。エイトを放っておけないと、そう思ってくれている。そう思ってくれるほどにはエイトを好いてくれているのだろう。 抱いてくれるほどには好きだと思ってくれているのだろう。それを嬉しいと、そう思う。 エイトの方も誰だって良かった、というわけではない。相手が彼だったからこそ、慰めてくれたのがククールだったからこそ、素直に体を預けてしまったのだし、こんなにも甘えてしまっているのだ。 彼が優しいのは今に始まったことではない。常に仲間たちのことを気遣い気にかけ、見守ってくれている。おそらく無意識なのだろう、時折見せるククールの笑みは本当に暖かくて、エイトは彼のその表情が何より好きだった。まるで花が綻ぶかのように、ふわり、と浮かべる笑顔。その笑みを見るだけで安心する。 もしかしたら必要とされているのではないか、と思え安心できる。 いつもそんな風に手を差し伸べてくれる彼だからこそ、こんなにも甘えることができるのだ。 そんなことを考えていたエイトは、不意に、ある違和感を胸に覚えた。 ……あれ? 何かが違う、と心の隅で誰かが叫んでいる。何だろう、何が違うというのだろう。小さく首を傾げて考える。 そう、いえば…… 「……人が食ってるとこ見て楽しいか?」 隣でパスタを食べる横顔へ視線を向けていると、それに気付いた彼がそう言ってくる。 「いや、どのタイミングで笑わせたら鼻からスパゲティを出すか悩んでた」 「ほんとに笑わせやがったら、逆にお前の鼻にパスタ突っ込むから」 「ちょっと、食事中に下品な会話、しないでくれる!?」 ククールと同じようにパスタを食べていたゼシカが、眉を吊り上げて二人を怒った。その剣幕に驚いたヤンガスがげほごほと咽始め、慌てて水を勧めるゼシカの姿に、ククールが声を上げて笑う。 その笑顔を見て、更にエイトの中で違和感が膨れ上がった。 そういえば。 最近、見ていない。 あの、柔らかな微笑みを。 エイトが一番好きな、彼の表情を。 ここのところ、まったく目にしていない。 その事実にざ、と血の気が、引いた。 ←2へ・4へ→ ↑トップへ 2008.04.24
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