キミの笑顔 ― color ― 4


 原因など考えるまでもない。
 足りない、と普段から罵倒されているエイトの頭でも分かる。

「やっぱり、迷惑、だったんだろうなぁ……」

 今日一日は結局買出しやら準備やらで終わってしまい、北へ旅立つのは翌日へと持ち越された。とりあえず見知らぬ大地に備えて一人一部屋ずつ宿をとり、ゆっくりと体を休めることになる。
 一人でいてもすることなど何もなく、エイトは早々に部屋の明かりを消してベッドへともぐりこんでいた。
 しかし寝ようと思いはするものの、目を閉じると思考は活発になる。
 いつからだろうか。ククールのあの優しい笑顔を見ることがなくなったのは。自分のことに精一杯で、彼の負担まで気が回らなかった。
 甘えているという自覚はあった。だが、そう思っていただけに過ぎない。
 それならば甘えないようにしよう、とか、せめて泣き言を言うだけにするだとか、そういった努力をエイトは一切してこなかったのだ。完全にククールに寄りかかる形になっていたことに今更ながら気付いた。

「そりゃ、嫌にも、なるよ」

 可憐な女の子ならまだしも、エイトはそれとは程遠い位置にいる兵士で、しかも男だ。そんな人間に頼られても迷惑でしかない。そんなことは考えずとも分かること。
 きっとククールは始めの一度だけののつもりだったのだ。あの後に言ってくれたことは単なる社交辞令のようなもので、まさか本当に二度目、三度目があるとは思っていなかったに違いない。
 エイトが、ククールとの行為に安らぎを見出してしまうなど、彼にとっては計算違いもいいところなのだろう。そんなエイトを突き放せない優しさに、とことんまで甘えてしまった結果が現状。
 彼には悪いことをしている、と思いながらも手放せなかったのは自分の弱さ。
 彼の優しさに、勘違いをしてしまったのだ。
 不安も弱さも、すべて受け入れてくれている、と。すべて許してくれている、と。
 おこがましくも、そう、思ってしまっていた。

 彼と交わす会話に変化はなく、普段の態度も変わらない。しかし、よくよく考えてみると最近のククールは前とは少し違っているように思う。

 まず、あの柔らかな笑みを浮かべなくなったこと。
 そして、あまりエイトに触れなくなったこと。

 最後に彼と体を繋げたのはゼシカが戻ってくる前だ。そのあとも何度か二人部屋になってはいたが、その度にククールは出かけていて部屋には戻ってこなかった。彼のそういう行動は今に始まったことではないし、それで翌日に支障を来たすこともほとんどない。そのときはあまり疑問に思っていなかったが、部屋にいればまたエイトを抱かなければならなくなる、と思ったのかもしれない。
 それかあるいは、ゼシカが戻ってきたこともあり、エイトの精神的状態が安定してきたのを見計らったということも考えられる。もう大丈夫だ、とそう思ったのかもしれない。
 でも、だとしたら。

「もっと、ヘコんだ振りをしたら……」

 呟いた言葉の内容に、エイトはぐ、と拳を握り締める。

 どん底まで落ち込んで、弱音を吐けば、ククールはエイトを見てくれるかもしれない。
 今までのように優しく慰めてくれるかもしれない。
 「一人で抱え込むな」と囁き、抱きしめてくれるかもしれない。


 なんて、
 浅ましい。


「サイッテーだな、俺」

 彼の優しさにつけ込んで、甘えるだけ甘えて、縋りついて。
 彼のことなど一切考えていない。
 それがどれほど負担になっているかなど、想像すらしない。
 失いそうになって初めてそのことに気づき、怯えている。


 こんな醜くて弱い人間など、この世からいなくなってしまえばいい。


 薄暗い部屋の中、ベッドの上で小さく丸まったエイトは、本気でそう思っていた。



 ここまできたら取り得る行動はただ一つ。
 これ以上ククールに心配をかけないこと、負担をかけないこと。
 彼に甘えないこと。

 安らげる場所なんかいらない。

 ただ、嫌われなければそれでいい。

 もう一度、あの笑みを向けてほしいと思うのは、今の自分には過ぎた望み、なのかもしれない。




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2008.04.25