キミの笑顔 ― color ― 7


 彼女に対する気持ちは嘘ではない。
 好きだと思ったし、抱きたいとも思った。
 あれは紛れもない恋。
 それならばこの気持ちは?
 彼に対する、この想いは?



 夢の中で彼女と会話をして以来、今まで以上にククールへ視線がいくようになってしまった。

 自分の気持ちが分からない。
 どうしてこんなにも彼が気になるのかが分からない。

 申し訳ない、という思いがあったことは確か。散々に甘えてしまった。彼の優しさに付け込んでしまった後ろめたさが、なかったわけではない。
 しかしそれだけだろうか、とエイトは思う。こうして彼の一挙一動が気になって仕方がないのは、その思いだけだろうか、と。

 こうして動作を追っていると、彼が本当に綺麗な人であることに気付く。ただ立っているだけで絵になる人間はそういないだろう。雪景色に目を細めるその表情や、ふ、と白い息を吐き出す唇。風に靡く銀色の髪の毛。剣を振るう腕、雪を蹴る長い脚。
 どの部分を抜き出してもため息しか出てこない。
 そして見れば見るほど、思い知らされることがある。

 全然、目が合わない……

 今まではどうだっただろうか、と思うが、考えるまでもない。エイトがククールへ視線を向けたとき、今までは大抵気が付いてくれていた。どうかしたか、と尋ねてくれていた。いつも周りに気を遣い、気にしてくれていた。
 それが今はどうだろう。
 こうして長時間視線を向けていても目を向けてくれるどころか、気が付いてくれる気配もない。

 俺を、見ない。

 ああもしかして、もしかするのだろうか。
 ずきり、と胸の奥が傷むが、それを無視してエイトは考える。
 夢の中で姫に言ったことが本当、だったのではないだろうか。
 彼はもう、エイトのことなど、見る気もないのではないだろうか。
 見たくもないほど、
 嫌っている、のではないだろうか。
 そう思っただけで、エイトは足元ががらがらと崩れ落ちてしまったかのような、そんな絶望感に襲われた。

 この想いは、心がばらばらに引きちぎられているかのような痛みは、ただ仲間としてだけのもの、なのだろうか。



 ミーティア姫のことが好きだった。
 彼女にも、自分が抱く想いと同じ想いを返して欲しかった。
 それが叶わない、と判断したのはエイト自身。ククールは一度言葉にして伝えてみなければ分からない、とずっと後押ししてくれていたけれど、その勇気がなくてぐずぐずしていたのはエイトの弱さ。

 怖かった、のだ。
 必要ない、と言われることが。
 怖くて、怖くて、逃げ出した結果、彼の優しさに甘えてしまった。

 今胸の内にあるのはその時と同じ程の恐怖。
 いや、もしかしたらそれ以上の、かもしれない。
 この恐怖から逃れる術はない。逃れる先もない。逃げたところで、彼とは別の人とまた同じことを繰り返してしまうかもしれない。
 それは嫌だ。慰めてくれるなら、慰められるなら、彼がいい。
 そう思ってしまう自分に吐き気がする。

 これは罰、なのだろう。
 優しい彼に負担をかけ続けた罰。
 甘え過ぎた愚かな自分への罰。
 だから逃げてはいけないのだ、とエイトは思う。
 もう逃げてはいけないのだ。
 この恐怖からも、自分の弱さからも。
 今度は、今度こそは、もう。


**  **



「ここのところずっと歩き詰めだし、寒い思いもされてるだろうからさ」

 そう言って、エイトは白馬の手綱を握る。そんな彼へ頷きながら「そうね、やっぱりたまには人に戻りたいわよね」とゼシカが言った。
 慣れない寒さは思った以上に体力を消費する。メディに頼まれたものを渡すためある人物を探していたが、彼はどうやら薬草園に行ったきり戻ってこないらしい。
 その情報を得たのが昼を少しすぎたあたり。このまますぐに薬草園のあるという洞窟へ向かっても良かったのだが、大事をとって明日にしよう、ということになる。
 ぽっかりと空いたその時間に、エイトはミーティア姫を連れて泉へ行ってくる、と仲間たちへ告げた。もちろん彼女が元は高貴な姫であることを知っている彼らは、快く二人を送り出してくれた。


 ルーラを発動させ、以前に何度か訪れた泉の側へ降り立つ。
 心なしか軽い足取りで泉へ近寄った白馬は、こくり、と優雅な仕草でその水を口に含んだ。

「……やっぱり、お話をするなら人の姿の方がいいですわね」

 夢の中では何度か会話をしているが、こうして直接対面するのは久しぶりだ。そのことを申し訳なく思いながらも、「もうしばらくご辛抱ください」とエイトは頭を下げる。

「ええ、分かってます。エイトたちがとても頑張っていること、ミーティアは側で見ていますもの。無理は駄目よ、エイト」

 優しい彼女の言葉に、エイトは更に頭を下げた。

「頭を上げて、エイト? 折角こうして人に戻れたんですもの。ちゃんと顔を見てお話がしたいわ」

 そう言って彼女はすとん、とその場に腰を下ろした。

「ひ、姫殿下、地面に直接座られては……!」
「ふふ、今更ですよ、エイト。お馬さんの姿のときは地面の上で眠ったりするのよ?」

 彼女の言葉に「それは、そうですけど……」とエイトは、眉を寄せる。

「ねぇ、エイト。それよりも、ミーティアに何かお話があるのではないの? だからミーティアをここに連れてきたのでしょう?」

 彼女はおっとりしているようで、意外に鋭く頭が回る。エイトの考えなど、始めから見通していたのだろう。
 素晴らしい女性だ、とエイトは思う。頭が良くて、可愛らしくて、優しくて。
 仕方がない、たとえ一国の姫であってもそこまで素晴らしい女性なのだ、エイトが惚れてしまうのも仕方がなかったのだ。
 苦笑を浮かべて頷いたエイトは、居住まいを正してミーティアの前に座った。

「一つ、姫殿下にご報告、さしあげたく思いまして。こんなことを申し上げてもお困りになるでしょうけど、」

 でも、とエイトは言葉を区切って彼女を見つめた。

「姫に聞いていただきたいんです」




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2008.04.28