キミの笑顔 ― color ― 8 どこから話せばいいのだろうか。 始めから話すべきなのだろうか。 一瞬だけ悩んで、エイトは首を横に振る。 「前に、夢の中でお会いしたときにお話しましたよね、ある人に嫌われたかもしれないって」 ここ最近、ごく短期間に色々なことがあった。色々なことが変わった。色々考えることがあった。 「あのあとようやく、気付きました」 しかし、今エイトの言いたいことは一つだけだ。 「俺は、その人が……ククールが好きです」 静かに告げられたその言葉に、ミーティアは驚くこともなく、ただゆるり、と首を横に振る。そして「エイト」といつもの、おっとりとした口調で彼を呼んだ。 「あの方は男性で、エイトも男性です。それは恋ではないわ」 ただ一人の人間として、慕っているだけでしょう。 彼女の言葉に、今度はエイトが首を横に振る。 違うのだ。 おそらく夢の中での彼女の否定がなければ、エイトは気付くのがもっと遅かっただろう。もしかしたら気付きさえしなかったかもしれない。第三者に否定されて始めて、エイトは自分の気持ちに向き合うことができた。 だからこそ、その第三者、彼女に今の自分の気持ちを話してしまいたかった。そうすることで、エイトの中にあった弱さを、追い出してしまいたかった。 「姫、僭越ながら申し上げます」 目を閉じて、エイトはおそらく初めて、だろう。敬愛して止まない彼女へ、意見を申し立てる。 「その人を好きだと、愛しいと思う気持ちに性別も年齢も、身分も、関係ないと自分は思います」 「性別も年齢も……身分、も?」 エイトの言葉をミーティアがゆっくりと繰り返した。それに頷き、エイトは真正面から彼女を見つめたまま言葉を続ける。 「商人は商人としか恋愛できない、というわけではないでしょう? 農民と商人が愛し合ったって問題はありません。自分の同僚にも貴族の娘さんと結婚した者がいます」 ただの一兵士と貴族の娘では普通は身分がつりあわない、と眉を潜められる組み合わせ。しかし彼らはもろもろの反対を押し切って一緒になった。結果同僚は仕事を失い、女性の方は家から勘当されてしまったが、それでも二人は幸せに暮らしていた。その幸せも今は呪いの奥へと閉じ込められてしまっているが、それは今は考えないことにする。 「姫はご自分は王族だから、王族としか恋愛ができない、とそう思い込んでらっしゃいます。もちろん王家の方には我々平民にはない立場というものがございましょう。王族と婚姻なされる方が多いのも事実です。でも、」 本当に人を好きになるときに、身分や地位や、年齢や、性別を気にするわけがない。 「自分は姫殿下にはお幸せになっていただきたい。今のように、ご自分で枠を決めてしまわないでください。姫殿下は確かにトロデーンの王家の方です。でも、それ以前にたった一人の人間であることにお気づきください」 彼女の場合は王族以外を下に見ている、というわけではないだろう。そうではなく、ただそうあるべきだと思い込んでいるだけ。エイトのように叶わぬ想いに身を焦がすことがない分、王族としてはそのほうがいいのかもしれない。 しかしそれでは、彼女自身の幸せは、ないような気がした。 「不敬だと、この場で首を断たれることを覚悟して、言います」 ぐ、と拳を握り、一度俯いたあとエイトは背筋を伸ばして、彼女を見た。 「俺は姫が好きでした」 本当に、好きでした。 貴方の中で自分という存在がただの臣下でしかないという事実に立ち直れないくらい傷つくほど。 ……好きでした。 エイトの、強い意志の込められた言葉を受け、ミーティアは静かに目を伏せて口を開く。 「……過去形、なのね」 「……はい」 そう、それもすべて過去のこと。 過去のことにしてくれたのは、あの優しい腕。優しい声。優しい温もり。 「ククールは、俺が姫を好きなことを知っていて、応援してくれていました。きちんと告白をしてみろ、とずっとそう言ってくれてました。俺は弱いからそれができなくて、それで結局ククールに迷惑をかけることになった。 今度はそうしたく、ないんです」 だから、とエイトは言う。 だから、こうして彼女にすべてを打ち明けた。 叶わなかった恋も、おそらく叶わないだろう恋も、すべて。 エイトの話を聞き終えたミーティアは、「そう」と頷いた後小さく笑みを浮かべる。 「まだ、ミーティアには、知らないことがたくさんあるのね」 彼女にとって、世界はトロデーンの城がすべてだった。 優しい父王に暖かな城、笑顔の耐えない国。 それが一変したのは呪いの、かの杖の所為だが、そのおかげ、とでもいえばいだろうか、こうして知らなかった世界を見て回ることができた。 「ミーティアも、エイトのように誰かを好きになってみたいわ」 エイトを見ていると恋をするのもとても辛そうだけどそれでも、と彼女は言う。 「人を好きなるって、人を愛しく思うって、とても素敵なことなのね」 ←7へ・9へ→ ↑トップへ 2008.04.29
|