キミの笑顔 ― monochrome ― 1 追い続けてきた仇敵ドルマゲスへ、ようやく剣の先が届くところまでたどり着くことができた。 太陽の鏡を嬉々として遺跡の中で使おうとするエイトを殴って止め、入り口の前にある石柱へゼシカがはめ込む。隣で「絶対中で使うんだと思うけどなぁ」と唇を尖らせていたエイトだが、「中に入ってもはじき出されるだけだろうが」とククールが呆れたように返す。 「いや、だからはじき出されるその瞬間を縫っての一発技」 「隠し芸大会じゃねぇんだから、そんなことやって喜ぶのはお前だけだ」 「っていうか兄貴、こんなお誂え向きの窪みがあるんだから、ここであってるんだと思うでげす……」 男たちが不毛な会話を繰り広げている間に、鏡から発せられた光が暗闇の結界を払い除け、遺跡内部への侵入が可能となった。それすらもできなかった今までを考えると、大きく前進はしているのだが。 「おい、バカリスマ。どう思う?」 徒党を組んで襲ってきたエビルスピリッツを何とか倒したあと、リーダであるエイトが不意にククールへ声を掛けた。 「一度外へ出てレベル上げをするべきだと思うぞ、アホ勇者」 現れた敵を倒すのにどれだけの時間が掛かるか、一度の戦闘でどれだけ体力、魔力を消費しているかを考えた結果、ククールはそう結論を下す。 遺跡へ入る前に薬草で体力を全回復させていたのに、ほんの少し進んだだけで既にエイト、ククールのMPが半分近く回復魔法で失われてしまっている。薬草を大量に持ってきてはいたが、個々人が使うだけでは間に合わないのだ。 「っていうか、エイト、人にものを尋ねるときに目的語を省くな」 どう思う、だけでは普通会話は成り立たない。前後の状況とエイトの性格を考えた上で何となく意味を補完したが、不親切にもほどがある。そう文句を言うと、エイトは悪びれた様子も見せずに「だってククールには通じるし」と笑った。 その笑顔に、つきり、と胸のあたりが痛む。 それを押し隠して、「そりゃ、オレ様には類まれない頭脳があるから通じてるだけだ」と返しておく。そんな会話をしている二人の横でヤンガスが「さすがにキツイでげす」と眉を寄せたまま呟き、ゼシカも「薬草の錬金をするべきね」と荒くなった息を整えながら相づちを打っていた。 他の仲間二人の言葉を聞きとめ、エイトは小さく頷いて決断を下す。 「ここで無理に進んで誰かが死んだら意味がない。一度外に出よう」 陛下には申し訳ないけど、とエイトは続けるが、さすがにトロデ王も勝てぬ戦を無理強いすることはないだろう。遺跡の規模も分からず、どれほどの敵がいるのかもまだ見えてこない。入ってすぐの広間で先に進む階段を探している間にこの状態なのだ、これではいくらなんでも無謀すぎる。 「お家に帰りたい人この指とーまれ!」 脱出魔法を発動させながらエイトが立てた人差し指を高らかに挙げる。ルーラもそうだが、発動時に術者の近くにおり、また術者が意識した者が移動魔法の対象となる。たとえば効果範囲内に敵がいたとしても、術者が弾き飛ばせば一緒に移動することはない。逆に効果範囲内にいさえすれば、術者から離れていても移動することは可能である。 「私の背じゃ届かないから右手は下ろしてね」とゼシカに言われ、エイトはしぶしぶと手を下ろす。その腕にゼシカが軽く触れた。 「いつも思うんでがすが、別にこれ、触らなくても一緒に飛ぶでげすよね?」 基本的に魔法と呼ばれる現象と縁の薄いヤンガスが、首を傾げながらそう問う。それに「まあ、そうなんだけどね」とゼシカが苦笑を浮かべた。 「出来るだけ術者に近いほうが負担が軽いんだよ」 移動させる対象が多ければ多いほど、発動させる術者への負担は増える。消費MPは同じだが体力的、精神的に疲労するのだ。 「一回ゼシカに抱きついた状態で飛んでみたけど、あれはほとんど一人で飛んだときと一緒だったね」 「エイトのあの悪戯がなかったら気付かなかったかもしれないわね」 エイトにとってはただゼシカを驚かそうという思いのみでの行動だったらしい。ルーラの使えないゼシカが、ダンジョンの入り口でエイトに抱きついた体勢でリレミトを使って試したところ、確かにいつもよりずいぶん負担が少なかったのである。 それ以来、このパーティでは基本的に移動魔法のときは術者に触れるようにしていた。 エイトとゼシカの答えに納得したのか、ヤンガスもゼシカの手が触れているすぐ上へ自分の手を置いた。 「ククール、手ぇ」 もう一人の仲間へエイトはす、と残った左手を差し出す。一瞬だけ表情を固めたククールは、すぐにそれを消し去ると憮然とした顔を作り上げた。 「何が悲しくて男と手を繋がなきゃならねぇんだ」 ため息をつきながらもしぶしぶエイトの手を取る。それに「悪かったな、かわいい女の子じゃなくて」と唇を尖らせていたエイトは何を思ったのか、ふと口を噤んでククールを見上げにたり、と笑みを浮かべた。 「っ、おま……っ!」 軽く触れるだけだったククールの手をぎゅうと握り、そのまま自分の方へ引き寄せる。同時にククールから手を離し、突然のことにバランスを崩した彼の腰に左腕を巻きつけた。 「リレミト」 非常に不本意ながらエイトに抱き疲れたまま移動したククールは、遺跡の外に出ると同時にすぱん、と目の前の頭を殴っておいた。それを見たゼシカはエイトから手を離しながら、「それ以上馬鹿になったら困るからやめて」とククールに向かって言う。 「これ以上はないだろ、さすがに」 そうなったらもう人間とは定義されない生き物になるに違いない。そう思いながら、いまだ腰に抱きついたままのエイトを引き剥がそうとする。しかし彼は自由になった右手を回して更にぎゅう、と抱きつくと、ククールを見上げてもう一度にやりと笑みを浮かべた。 同時に足元から光が溢れ、いつものふわり、と体が浮く感覚。眩しさに目を閉じたククールが次に見たものは、よく見慣れたサザンビーク城下町の門だった。 「……一回体験しとけってことか?」 ダンジョンからの脱出魔法リレミトはククールには使えないが、町から町へ飛ぶルーラならば使える。そのどちらも使えるエイトは、自分の意図を汲み取ってもらえたことが嬉しいのか腰に抱きつく腕に力を込めてこくこくと頷いた。 「分かった。分かったからもうちょい離れろ」 「だから、離れたら意味ねぇんだってば。男に抱きつかれるのが嫌だったらさっさと戻ってみろって」 どうあったって離れるつもりのないエイトにククールは小さくため息をついた。そして軽く瞳を伏せるとルーラを発動させる。同じように体が浮く感覚がしたのち、すぐに足の裏に地面を感じる。目を開けると、ゼシカとヤンガスが苦笑を浮かべてそこにいた。 「一人で飛んでるみたいでしょ?」 ゼシカの言葉にククールは「まあな」と頷く。町で知り合った女性を別の町の宿へ誘うこともあるため、ククールにとって二人で飛ぶ機会は実際のところエイトより多いだろう。しかしその際も軽く肩に手を置いた状態だとか、腰に手を回した状態であるため、今のようにぴったりと抱きついた状態で飛んだことはない。 考えて比べるまでもないほど、今のほうが楽だったことは明らかで。 眉を寄せて嫌そうな顔をしながらも、渋々と頷いたククールに、「だろ? きっとこれってあんまり知られてないよな」とエイトは笑った。 ようやく離れたエイトの体温に、一抹の寂しさを覚えたがそれ以上にほっと安堵する。常日頃触れたい、と思っている相手に抱きつかれ、何も思わない人間などいない。思わずその細い体を抱き返しそうになるのを、ククールがどれだけの理性で押し留めたか、エイトは知らないだろう。 そう、ククールはそういう意味で彼のことが好きなのだから。 自覚したのはいつだろうか。気が付いたときには彼にばかり目がいくようになっていた。始めはただ心配で目が離せないだけだろうと思っていた。彼はパーティをまとめあげるリーダとしては申し分ない能力を発揮するが、それ以外のところではからっきし駄目なのだ。とにかく何をしでかすか分からない。買出しに出かけて帰ってこないと思えば、道具屋の前で町の子供たちと本気でカードゲームをしていたり、就寝前にいきなりホットケーキが食べたいと駄々をこね始めたり、あやとりで四段梯子が作れずに癇癪を起してみたり、まるっきりただの子供。こんなリーダに、しかも同性相手に恋愛感情を抱く日がくるなど、ククール自身予想もしていなかった。 そもそもマイエラにいたときからその手の相手には不自由していない。気が向けば付き合うこともあったし、一晩限りのお相手を願うこともあった。その間は相手の女性を本気で好きだと思うし、そう口にする。遊びではない恋愛だってある程度はしてきたつもりだ。だから逆に分かる、今のエイトに対する気持ちは本気だ、と。 しかし本気であるからこそまた、この気持ちを表に出すことは決してないだろうとも思う。少し気になる、あるいは興味がある程度なら軽く言葉にできていた。エイトだってククールの性格を知っているから、冗談として流してくれるだろう。それでいいし、もしかしたら実際にはそうするべきなのかもしれない、とククールは思う。 思いを溜め込むより少しずつ吐き出してしまった方が楽なのではないだろうか。拒否され続ければそのうち自分も諦めるだろう。 そう考えはするが実行できないのは、現状で満足してしまっているからだろう。側にいるだけで、なんて少女の嘯く絵空事だと思っていたが、そうして満たされる気持ちもあることを初めて知った。今のように不用意に触れてこられては気持ちを押し隠すのに苦労するが、それ以外で何ら不満はない。そもそもエイトを好きだと自覚したときに思いを遂げることは諦めている。あとは如何に気付かれずに、側にい続けるかだけに尽力すればいい。 以前の、エイトを好きになる前のククールならば気付けただろう、そんな平穏など糸の様に細く脆いものであることなど。ほんの少しの衝撃で、簡単にぷつり、と途切れてしまうことなど。 しかし悲しいかな、今のククールはその平穏に縋りつくだけで精一杯だった。 ←0へ・2へ→ ↑トップへ 2008.04.11
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