キミの笑顔 ― monochrome ― 10 パーティメンバが一人いない、という状況は思った以上に残りのメンバへダメージを与えていた。それはもちろん戦闘力における面でもそうだが、精神的にも今までと同じとはいかない。ここにゼシカがいたらこう言ってくれただろうに、腰に手を当てて怒ってくれただろうに、と至る場面でそう思ってしまうのだ。 一度ハワードの屋敷で顔を合わせた彼女の手には、やはり杖がしっかりと握り締められていた。あれを取り上げないことには彼女の奪還は望めないだろう。 早く助けなければ、と焦りばかりが募る。 そう急くな、とククールに注意されてもなかなか収まる気持ちではない。もちろんククールもヤンガスも、抱く気持ちは同じだ。早く彼女を、仲間を助けたい。また前のように四人で旅をしたい。 「っ、あー、もう! あのおっさん! 次会ったら絶対しめる!」 いつゼシカがくるともしれないのに、エイトたちはハワードに強引に押し付けられた仕事をこなさなければならなかった。複雑な作りの塔を上りながら、エイトは地団太を踏んでそう叫んでいる。 「エイト、あんまり叫ぶと酸欠起すぞ。ここ結構な標高だし」 「しっかし、ほんとに高いでげすね。こりゃあ、落ちたら一たまりもねぇ」 「げ、覗き込むなよ、ヤンガス。落ちても拾ってやらねぇぞ」 塔の外へ顔を覗けながら言うヤンガスへ、ククールが声を掛ける。「アッシが落ちるわけねぇ」と憮然とした顔をして言いながら、「兄貴は気をつけてくだせぇよ」とエイトへ言葉を向けた。 「……って、兄貴?」 「エイトならあっちだ。どうやらシーソーが甚くお気に入りらしい」 「………………こういうときゼシカの姉ちゃんがいたら、がっつり兄貴を叱ってたでがしょうな」 「だな。とりあえず今はオレが怒っとこう」 そう言ったククールはシーソーの上で駆け回っているエイトを捕まえると、容赦なく殴っておいた。 「感謝しろよ、ゼシカなら問答無用でメラミだったろうから」 涙目で頭を撫でククールを睨みつけてくるエイトへそう返す。その光景を想像したのか、エイトはここにいないゼシカに向かって「ごめんなさい」と謝っていた。 「ほら、そんなことよりさっさと塔上るぞ。なんとかって爺さんに会わないといけないんだろ」 「あー、そうそう。なんだっけ。オイドン?」 「どこの薩摩藩士だよ。どこの西郷隆盛だよ」 「ライドンでがすよ、兄貴……」 交わす会話の内容がゼシカがいるときと変わらないのは、おそらく皆意識してそうしているのだろう。ようやく上りきった塔の頂上で、未だ建築を続ける老人へ向かい「ごわす!」といきなり挨拶したエイトの頭を殴り、代わりにヤンガスが宝石クラン・スピネルのことを尋ねる。 「リーザスっつったら、ゼシカの故郷じゃん」 「あの塔でがすか。像なんてあったでげすかね」 心当たりのあるエイトとヤンガスが首を捻り、ククールは空を見上げて「これから行くか?」とリーダに尋ねた。徐々に夕闇が迫る時間帯。エイトは己の足元に伸びる影へ目をやり、「いや」と首を横に振る。 「今日は一旦リブルアーチへ戻ろう。リーザスのあたりは魔物は弱いけど、もしかしたらってこともある。休んで体力を回復させたほうがいい」 リーダの判断に不満があるはずもなく、他二人も神妙な顔をして頷き同意を示した。 「リーザスの塔へ行くのはいいんだけど、村には足を向けられないな」 リブルアーチの宿屋ではダブルとシングルを一部屋ずつとっていた。それぞれが交代でシングルを使い、今日はヤンガスの日。よってダブルにはエイトとククールが泊まることになる。 シャワーを浴びて汗を流したエイトが、がしがしと頭を拭きながらそう言う。それに何故、と首を傾げると、「だって顔向けできないよ、俺」とエイトは苦笑いを浮かべた。 「あの村じゃゼシカ、ものすごい人気者なんだよ。あの性格だし、分かるだろ?」 相づちを求められ、素直に頷く。確かに彼女ならば一つの村を率いることなど造作もなさそうだ。 「ゼシカを慕ってるチビが二人いてさ、あいつらに『ゼシカねーちゃんを泣かすな』って言われてたんだよ。喧嘩してるけどゼシカのお母さんだっている。それなのにゼシカのいない状態で行けるわけがない」 肩を落としてため息をつくエイトへ「まあ、そうかもな」と返す。 「だったら、さっさとゼシカ取替えして行けばいいじゃん。呪われてはいるけどゼシカは生きてるし、トロデ王やお前の考えでいけば元凶は杖なんだろ? それさえ奪えはゼシカだって元に戻るさ」 ククールの言葉にエイトは、泣きそうな笑みを浮かべた。 「……ほんと、お前って優しいよな」 言いながらぱたり、と自分のベッドの方へと倒れる。先にシャワーを浴びてくつろいでいたククールは、エイトの様子がおかしいことに気付き、立ち上がるとエイトの転ぶベッドの淵へ腰掛ける。 「俺さ、基本的には物凄くネガティブなんだよ。悪いことばっかり考える」 普段あれだけ明るく振舞っているエイトには似つかわしくない言葉だが、それでもこうして彼の側にいればなんとなく分かる。しかし常に最悪の状態を想像できるからこそ、最善の行動を選ぶことができるのだろう。 「ゼシカが戻ってこなかったらどうしよう、とか。死んでしまったらどうしようとか。このまま呪いも解けず、トロデーンが呪われたままだったらどうしようとか」 考えると怖くてたまらない、とエイトは小さく呟いた。 「こんな風に悪く考える自分が物凄く嫌いだし、うじうじ悩んでる自分も大嫌いだ」 そう言った彼は「でも」と目を伏せて言葉を続ける。 「一番嫌いなのは、こうやって愚痴をククールに吐き出してる自分」 慰めて貰いたがっている自分。 それが一番嫌いだ、とエイトは言った。 ぐ、と握り締めた拳で顔を覆うエイトへそっと手を伸ばす。この伸ばしてしまう手が悪いのではないだろうか、と一瞬思いはしたが、今止められるくらいなら初めから触れてなどいない。 彼に触れる前にはほぼ必ず逡巡する。このまま手を伸ばしていいのだろうか、と。彼に触れてもいいのだろうか、と。彼のことを思うならば、安易に慰めるよりもっとよい方法があるのではないだろうか。 しかし、ここでエイトを突き放すには、ククールは、彼のことを想いすぎていた。 エイトを、好き過ぎていた。 「そうやって愚痴を吐き出すほどのものを、エイトは抱えてると思うぞ」 弱音を吐く権利は誰にだってある。もちろんその相手にもよるだろうが、エイトの弱音ならばククールはいくらでも受け止める。 「オレのことは考えなくていいから。変な気は回すな」 そう言って優しく頬を撫でる手にエイトは擦り寄るように顔を寄せる。泣き出しそうな表情のまま「俺、情けないよな」と呟く彼へ、「オレは別に構わないけどな」と敢えて軽く笑って言った。 「エイトとやるのは気持ちいいし。お前、すげぇエロいし?」 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべてやると、エイトは顔を赤くして眉を潜める。しかし袖口を引いてククールを呼ぶと、体を屈めた彼の首筋へ腕を回して抱き寄せた。 少しだけ体を浮かせ、エイトから唇が重ねられる。 初めてエイトからされたキスに、驚く内心を抑えながら「エイト?」と唇が触れ合うほどの距離で名を呼ぶ。 「ごめん、ククール。……でも、お前がそう言ってくれるなら、俺は精々エロく喘ぐことにするよ」 そう言ってエイトは笑った。 眉を寄せ、今にも泣き出しそうなその笑顔。 違う。 エイトの笑みを見てククールは思う。 違う、違う、違う。 彼に、こんな顔をさせたかったわけではない。 こんな痛々しい笑みを見たかったわけではない。 唐突に突きつけられた己の過ちから目をそらすように、ククールは荒々しくエイトへ口付けた。 ←9へ・11へ→ ↑トップへ 2008.04.20
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