キミの笑顔 ― monochrome ― 4


 今がレベル上げの途中で良かった、とククールは思う。何か集中できることがあれば、余計なことを考えずともすむ。

「最近ククールすごく調子いいじゃない」

 いつもこのくらい真面目だと助かるわ、とゼシカに言われ、苦笑を浮かべて「オレはいつも真面目だよ、ハニー」と返す。幸か不幸か、ククールの心情はまったく表には出ず、落ち込んでいることを悟る人間は誰もいない。エイトのほうも前言していた通りあの夜の会話はなかったものとし、いつものように槍を振るい、いつものように馬鹿なことをしでかし、いつものように最愛の姫へ仕えている。
 しかしどれだけ表面上普通に振舞おうと、やはり内心穏やかではないのは当然で、自分の未練がましさにため息をつくことが多くなった。

 諦めたらいい、とあの夜確かにそう思ったのに。
 彼には別の好きな人間がいる。
 互いに男同士だからとか、彼がまだ恋愛感情も分からない子供だからなどという、あとでどうとでもなることが理由ではない。一分の隙もない理由で振られているのだ。諦めればいい、いや諦めなければならない。
 それなのに、ククールの視線はどうしてかエイトを捕らえる。気が付くと自然に彼の姿を視界の端に治めようとする自分に、苦笑しか出てこない。

 不毛すぎる。報われなさすぎる。こんなに苦しいなら、止めればいい。
 そう思う心の反対側で、どうにかして自分へ逃げ道を見つけようとする。
 エイトは告白するつもりはないらしい、しばらくはこの状態で、あの二人がどうにかなるにしても旅が終わってから、姫の呪いが解けてからだろう。そうなったら姿を消せばいい。幸せそうにしている二人を見て笑みを浮かべるようになって、またふらりと顔を出せばいい。だったらそれまでは。
 もう少しだけ、あと少しだけ。
 こうして側にいて、想うくらいしてもいいのではないだろうか。
 その気持ちに歯止めをかける人間は、かけられる人間は自分自身しかいない、ということをククールは棚に上げて考える。とにかくすべて自分だけで決着をつけなければならないことなのだ。誰にも悟られてはいけない。気付かれてはいけない。

「それはそれで、得意分野、だけどね」

 堅苦しい騎士団服のマントを脱ぎ捨て、薄手の上着を羽織る。宿の自室を出ると、ちょうど戻ってきたところだったらしいエイトと鉢合わせた。

「あれ、出かけるの?」
「野暮なこと聞くなよ」

 その台詞でククールの行き先を悟ったのか、エイトは呆れたような顔をして小さく肩を竦めるに留める。

「明日に支障を来たさない程度に」
「了解、リーダ殿」

 片手を上げてエイトに背を向ける。後ろで小さく扉の閉まる音がした。同時に吐き出されるため息。
 自分の考えや感情を押し隠すなど、今に始まったことではない。昔からずっとやってきていたこと。旅に出てあまりその必要がなくなっていたから忘れていただけで、これが普通だ。
 そう自分に言い聞かせながら、とりあえずククールはルーラを発動させてベルガラックへと飛んだ。


**  **


 豊満なバストに括れた腰、豊かなヒップ。背中の半ばまで揺れているブロンドに、少し厚い唇、灰色の瞳。世の男達に聞けば九割以上が不満を抱かないであろう女性が隣にいる。酒場には他にも幾人か、ククールへ視線を向けてくる女達がいたが、結局彼女に決めたのはおそらく一点も彼と重なっているところがないからだろう。
 黒い瞳は駄目だ。見つめていると彼を思い出してしまう。黒い髪の毛も駄目、薄いけれど形のいい唇も駄目、細い体も駄目。少しでも繋がるところのある相手を排除すると、最後に残ったのが彼女だった。エイトの正反対ってこんないい女になるのか、とククールは自分で選んでおきながら他人事のように考える。
 それなのに、どうして彼がいいのだろう。

「彼女のことでも、考えてるの?」

 柔らかなベッドの上、事後の気だるい空気をまとったまま、隣に横たわっていた彼女がゆったりとした口調でそう聞いてくる。扇情的な服で男を誘う彼女は思っていたとおり遊び慣れており、こういう相手だといろいろ楽でいい、と思う。
 ククールはふわり、と笑みを浮かべ、「カタオモイの相手のことだよ」と答えた。

「あら、あなたみたいな人が片思いなんてするの?」

 目を丸くして驚く彼女を素直にかわいいと思う。くすくすと笑って、「するよ、オレは臆病だから」と答えた。その言葉に何を思ったのか、目を細めて笑みを浮かべた彼女は「じゃあ」と口にして起き上がる。

「辛くなったらここにいらっしゃい。私は大抵いるから。あなたならまた、相手してあげてもいいわ」

 その言葉に更にククールは笑みを零す。一度事を起すと、大体の女は「また抱いてね」と言ってくる。それなのに彼女は「相手をしてやってもいい」と、そう言うのだ。

「こんないい女にそう言ってもらえるなんて光栄だね」

 口調と同じようにゆったりとした動作で服を身に着けていく彼女を、そっと抱き寄せて軽くキスをした。
 その温もりにつきり、と胸が痛むが、それもそのうちなくなるだろう。なくなればいい、そう思った。


**  **


 一行は未だ対ドルマゲス戦に臨むため、レベル上げを行っている最中である。念には念を入れた方がいい、というのがエイトの言葉。一応少しずつ遺跡へ入っては罠を解除し、道を作っている。その道中の戦闘に苦戦しなくなるのが今の目標。
 リーダの言いつけどおり、翌日に支障を来たさない程度で切り上げて戻ってきたククールだが、遺跡のある島での戦闘途中、不意にあることに気付く。

「エイト、お前、どうかした? 体調でも悪い?」

 彼に注意を促したリーダ自身の動きが、少し鈍いような気がしたのだ。ククールはいつものタイミングで剣を振るっているつもりなのだが、その後に続くはずのエイトの攻撃がワンテンポ、遅れているような気がする。ほか二人はそれに気付いていないようだし、エイト自身隠そうとしているようにも見えたので、先を行く彼を追いかけてこっそりと尋ねる。
 大きな目を見張ってククールを見上げてきた彼は、眉を寄せて唇を尖らせた後、「ごめん」と小さく謝った。

「お前にあんなこと言っときながら、俺がこの様じゃあな」
「いや別に謝れって言ってんじゃねぇよ。なんかあったのか、ってオレは聞いてんの」

 ククールの言葉に、エイトは「うー、あった、っちゃあった、と思う、気がする、ような」と曖昧すぎる返答をする。

「分かった、また夜にでもお兄さんが聞いてやる。今日はあんまり無理するな」

 そう言って軽く頭を撫でると、エイトは小さく唸った後「うん。無理せず頑張る」と子供のような言葉を返してきた。そんな仕草さえ愛しく思えるのだから。

 諦めようとする方が無理なのか。
 バンダナを揺らしながらひょこひょこと歩くエイトの背中を見つめながら、ふぅ、とため息をつく。エイトの落ち込む原因は多いようで少ない。そもそも翌日まで引きずるほど彼の感情を揺さぶることができるのは、絶対的忠誠を誓う王か姫だけだろう。
 嫌な予感がする。
 それはあのエイトの告白を聞いた夜と同じようなざわめきで、その予感は十中八九的中するだろう、と思う。それでも手を伸ばすことを止められない。たとえククールの望む形ではなくとも、触れることのできる位置に彼がいるのだ。その温もりを少しでも求めようとする行為を誰が責められようか。慰めようと伸ばした手を、誰が責められようか。

 誰かが悪い、というわけではないだろう。誰も悪くない。誰が誰を想おうが、想う限りは自由。男が男を好きになろうが、兵士が姫を好きになろうが、それは自由。
 ただ、何かが悪かった。タイミングなのか、運なのか。具体的に何が悪いとはいえなかったが。
 おそらく何かが、悪かった。




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2008.04.14