キミの笑顔 ― monochrome ― 5


 言いたくなかったら言わなくてもいいぞ、とククールはそう話を向けるが、「いや、ここまできたら聞いてもらう」とエイトはあの夜と同じように豪快に酒を飲んでいた。酔うことのない彼だが、それでもアルコールの勢いを借りたいときがあるのだろう。おあつらえ向きのように明日は休息日としてある。エイトには二日酔いの心配はないが、寝不足は避けられないため双方これで安心して酒を飲める。

「これは美味いな。さすがオレ。適当に選んだようには思えない」
「お前、適当に選んだのかよ。美味いの選べって言ったじゃん」

 この間は一応味を気にして知っている銘柄を選んでおいたが、ただ酔うため(エイトにとってはただ雰囲気を出すためだけ)のもの、どうせなら飲んだことがないものにしよう、とククールは値段だけを基準に酒を選んできたのだ。

「安酒にも当たりってあるんだなぁ。覚えておこう」

 瓶を手にとってしげしげとラベルを見つめるククールを見やり、エイトはくすり、と笑みを浮かべた。それに気付いたククールが、どうかしたか、と首を傾げる。

「いや、ククールのそういう動作ってなんか、いいなって思った」

 そう言って更に笑みを深めるエイトに、ククールのほうは眉を潜めるしかない。そういう動作、というのが何を指しているのかがまず分からない。

「なんていうのかな、普通っていうか、所帯じみてるっていうか」

 その言葉がますますククールを混乱させる。逆向きに首を傾けたククールへ、更に彼は言葉を続けた。

「綺麗な顔とミスマッチすぎるんだよ。ククールみたいな人はなんか、値段とか気にせず、ぽんと高いもの買いそう」
「それは勝手にイメージを膨らませすぎだろ」
「うん、そうなんだけどさ。でもククール、女の人の前だったら格好つけるだろ?」
「男として当たり前じゃないか?」
「ああいや、そういうんじゃなくてさ、口説くためのものとかじゃなくて、余所行きの顔みたいな」

 首を振ったエイトに、少しだけ考えて文章を補完する。たとえ相手が女性ではなくとも、あまり知らない人の前だとそれなりの言動を取るのは普通ではないだろうか。

「エイトだって見ず知らずの他人の前で、飴玉落っことしたからって癇癪起したりしないだろ」
「落とした飴玉による」
「よるな。起すな。我慢しろ。恥ずかしい」

 真剣に答えたエイトに、眉間を押さえながらククールが言った。子供ならまだしも、大人としてその行動はないだろう。癇癪を起すならせめて気心の知れた人間がいるところでしてもらいたいものだ。エイトはあはは、と笑って誤魔化すと「だからさ」と口を開く。

「ククールと買出しとか結構楽しみ。お前、本気で安くていいもの探そうとするじゃん」
「そりゃあ、うちの経済事情を鑑みれば当然だろ」
「そう、そういうところに真剣になれるとことかさ、俺らに対しては格好つけたりしないじゃん」
「ああ、まあ、そうかもな」
「ククールって始めは結構構えてたじゃん。まあ旅をするきっかけがきっかけだし、俺らも妙なパーティだったから仕方ないんだろうけどさ。でもそのうちそういうのがなくなって、普通のククールが見れて、嬉しいなって思った。自然体っていうのかな」
「四六時中一緒にいる連中相手に気を張っててもオレが疲れるだけだし」
「そうそう。だから、普通にしててくれるククールって俺、すげー好きだな」

 とくり、と跳ねた心臓を無理矢理押さえつけ、奥歯を噛み締めて「そりゃどうも」と答えておく。グラスの酒を飲み干して「っていうか」とククールは口を開いた。

「オレの話じゃなくてお前の話じゃなかったっけ?」

 わざとらしい話題の転換にククールが照れているとでも思ったのか、エイトはふふふ、と笑った後、手にしていたグラスをテーブルへと戻す。それへ注がれる酒を見やりながら、「俺さ」とエイトはようやく本題に入った。

「姫に振られた」

 言葉の意味はすぐに理解できたが、咄嗟に返す言葉が出てこずとりあえずグラスをエイトの方へ押しやる。

「告白、したのか」

 そう尋ねるとエイトは静かに首を横に振った。

「じゃあまだ分かんないだろ」

 言葉にして伝えなければ、エイトがどう思っているのか、それに彼女がどう答えるのかは分からない。そう言うがエイトは同じように首を横に振る。

「最近、夢に姫殿下が出てくる、って話はしたよな」

 泉の水を飲んで人間の姿を取り戻して以来、何故かエイトの夢に姫が現れるようになった。エイト自身もともとあまり夢を見ないほうだが、その一連の夢だけは鮮明に意識に残っている。会話の内容も含め、あまりにもリアルすぎるそれに違和感を覚え、現実で姫に尋ねたところ、彼女も同じものを見ていたことが分かった。詳しい仕組みは分からないが、どうやら呪いの下で意識が通じるか何かが起こってしまったらしい。

「夢の中で、姫がおっしゃってたんだよ、サザンビークの王子と結婚するのよねって。あの人を愛せるかしらって。俺もさ、さすがにあの豚王子と姫が一緒になるってのは我慢できないからさ、思わず聞いてみたんだ」

 自分ならどうですか、と。

 軽い口調でふと思いついたから聞いてみた、そう聞こえるように。何の気なしに尋ねてみた風を装って。
 しかしそれでも、内心では心臓が破裂するくらいに煩かった。きっとその中にはほんの少しの期待も入っていたのではないだろうか。
 口元に笑みを浮かべ、いつものような表情のまま返答を待っていたエイトの耳に、彼女の穏やかな声が届く。

「あら、でもエイトは兵士でしょう?」

 その言葉を理解するのにほんの少しだけ時間が掛かった。その意味が頭に届くと同時に「あ、いえ、自分みたいなって意味です」と慌てて付け加える。それを聞いた姫はああ、と納得したように笑みを浮かべた後、可愛らしく首を傾げた。

「エイトみたいな人ならあの王子より好意は持てるでしょうね。それでもミーティアにとってエイトは一番頼りにしている臣下ですから」

 だって小さなときから一緒にいるんですもの、とミーティア姫は穏やかな笑みを浮かべた。
 そんな彼女の笑顔に「もったいないお言葉です」と、恐縮した振りをするだけでエイトには精一杯だった。


「姫殿下はご自分の立場をよく理解してらっしゃる方だから。結婚も恋愛も、王族同士ですると思い込んでるんだと思う」

 冷静になって考えたあと、エイトはそう結論付けた。




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2008.04.15