キミの笑顔 ― monochrome ― 6


「でもさ、それって別にエイト自身が嫌いってわけじゃないだろ」

 ククールの言葉に「そうだけどさ」とエイトはグラスを呷る。

「たとえば同性愛、ってあるじゃん。女同士、男同士の恋愛」

 突然の言葉に、ククールは思わずむせそうになる。何とかそれを押さえ込んで口の中のアルコールを飲み込むと、「教会じゃ多いな」となんでもないことのように答えた。

「うん、実は兵士の間でも多いんだよ、あれ。だから俺自身は否定しないし、ありだと思うんだけど、絶対に駄目って人、いるじゃん。ありえない、信じられない、って根本から否定する人」

 確かに、そういう人がいるのは事実だし、人間としての本能からすればそちらの方が正しいのかもしれない。頷いたククールに「たぶん」とエイトは言葉を続ける。

「ミーティア姫の王族としか恋愛できない、っていうのも、それと同じレベルなんだよ。自分は女だから女とは恋愛できない。自分は王族だから、平民とは恋愛できない」

 性別と身分と、垣根としてどしらが高いかといわれれば断然前者だ。エイトもそれは理解しているが、おそらく彼女と向き合って話をした者として悟ったのだろう。ミーティア姫の恋愛感はそれくらい思い込まれたものだ、ということを。

「姫殿下にとって、俺は自分に仕えてくれる人間でしかない」

 彼女と会話をしてそのことを痛感した。
 それはそれでとても嬉しいことだし、この上ない名誉だという気持ちもあるが。

「でも、俺が欲しいのはそういうのじゃない」

 エイトが欲しているのは一人の人間としてのミーティアという女性。王族だとか兵士だとか、そういった身分が間に入らない関係なのだ。
 一国の姫を相手に抱く想いではないのは重々承知だ。もしククールがトロデーンと関係のある人間だったら、エイトは決して自分の思いを口にしなかっただろう。彼がトロデーンとも関係なく、またこうしたエイトの悩みも静かに聞いてくれるからこそ、アルコールの力を借りながらすべてを吐き出してしまえる。
 ほう、と酒気の漂う息を吐き出すエイトの前で、ちびちびとグラスを舐めていたククールが「でもさ、エイト」と口を開く。

「きちんと伝えたわけじゃないんだろ? だったらまだ完全に振られたわけじゃないとオレは思うけど」

 ククールの言葉に「そう、なんだろうけどさ」とエイトは唇を尖らせた。

「きちんと伝えて振られて、またこんな気持ち味わうの、ヤだよ、俺」

 この間と同じようにベッドに腰掛けて飲んでいたエイトは、そのままぱたりと横になって丸くなる。うー、と小さく唸る彼が酔わない体質であることを知ってはいるが、それでもかなりの量を飲んでいるため気分が悪くなったのではないかと、ククールは思わず立ち上がった。

「おい、エイト。大丈夫か」

 ベッドへ腰掛けてそう尋ねると、「だいじょーぶじゃ、ない」と返ってきた。声色からして気分が悪いわけではないらしい。

「好きな人にそういう意味では必要じゃないって言われるのが、こんなにもきついなんて思わなかった」

 もしかしたら、とククールは思う。エイトにとって初恋だったのかもしれない。大事に大事に暖めてきたものが体の成長とともに、欲望となって膨れ上がってきた。それでも中心にあったものはミーティア姫への純粋な想いであり、それが叶わないと悟ってしまった。

「……泣いとけば?」

 ぽんぽん、とシーツの間に沈むエイトの頭を撫でながらククールはそう言う。エイトの顔の半分は隠れているが、アルコールに当てられたのか、それとも雰囲気からか、ほんのりと赤く染まる頬と耳元から視線が反らせない。黄色い上着を脱ぎ、チュニックだけを着ているため首もとも大きく開いている。柔らかな髪の毛の手触りを楽しみながら優しく梳いていると、小さな肩がひくりと震えた。

「男がそう、簡単に泣けるかよ」

 そう言いながらエイトはククールのほうへ顔を向ける。眉をよせ険しい表情をしているのは、そうしないと浮かんだ涙が零れそうだから、かもしれない。安心させるように笑みを浮かべ、髪の毛を梳く手を止めないでいてやると、ふにゃりと情けなく表情を崩したエイトは「俺、女だったら良かったな」と呟いた。
 どうして、と視線だけで問えば「だって、」とエイトは続けた。

「女だったらククールに慰めてもらえるだろ」
「…………男でも慰めてるだろ」

 ククールの言葉に「そうなんだけど、さ」とエイトは自嘲めいた笑みを浮かべる。
 本当に、心の底から好きだった相手に必要とされない寂寥感。拭っても拭いきれないこの空しさを埋めるため、誰でもいいから自分以外の体温に触れていたいとそう思ってしまう。酒場にでも行ってそういう相手を見つければいいのだろうが、エイトにはそこまでする行動力がない。それならば酒を飲むなりしてすべてを吐き出してしまうつもりだったのだが、ククールの手があまりにも優しくて、暖かいから。
 エイトがどういう意味で慰めてもらえる、と言ったのか。考えないようにしようとするが、彼に触れる手を止められない。分かっている、別にエイトは酔っているわけではないが、本気で言っているわけでもないことなど。彼は今、ひどく傷ついている。寂しくて、心細くて、一人でいるのが怖くなっている、ただそれだけだ。そう、それはその分だけ本気で彼女を愛していたということ。残念ながら叶わず傷ついたとしてもその傷はとても純粋で、ククールなどが汚していいものではない。

 そんなことは十分に承知している。
 理解している。
 しかしそれでも。
 そっと伸ばした手に安堵するかのように浮かべられた笑み。
 どこか不安げな表情。
 いつもは真っ直ぐな光を湛える瞳がゆらゆらと揺れる。
 小さく震える細い体。

「じゃあ、さ、エイト」

 一度触れてしまえば、

「……慰めて、やろうか?」

 もう、

 止まらない。




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2008.04.16